世間を騒がせている退職代行について話したいと思う。
まだ世間が今ほど退職代行というものを認知していなかったであろう、一昨年のことである。
会社で図面と格闘していると
「ふぇいさん、課長不在ですよね?次席ふぇいさんなんで電話取り次いでもいいですか?」
と事務員さんに言われた。
次席だって。うふふ。次席。なんかかっこいい響き。
もちろんでございます。とよく分からないことを言って請けてしまった。調子に乗るんじゃなかった。
「お電話代わりました。ふぇいです。」
電話を取って僕はそう言った。
「お世話になっております。株式会社○○○○の○○と申します。御社にお勤めの大里(仮名)様の退職の件でお電話させていただきました。」
ん?どういうこと?
それが退職代行との戦いゴングになるとは、その時は想像もしていなかった…。
話は一昨年5月末まで遡る。
我が部署に新入社員の大里くん(仮名)が配属された。今回の話の主役である。
研修やらなんやらでGW明けくらいに配属になった大里くん(仮名)。
会話をしてみると、なんとなく違和感。
大学生のノリのまま就職してしまった感じ。
「うぃっす」
「おつかれぃーっす」
「マジっすか!?」
などと、とてもフランクに接してくれた。
お客さんにもそんな感じ。
ああ、注意した方がいいのか。
人事部よ、このくらい教育してから配属してくれ。
そう考えると彼は悪くない。
まあ注意するほどでもないかと放っておいた。
こういうコミュニケーションがこれからのスタンダードになるのかもしれないしな!
楽しそうに働いているし、教えればメモをとったりして可愛げがあった。
そんな彼の歓迎会をすることになり、居酒屋に課の一同が集まった。
しばらく僕は離れた席で飲んでいたのだが、途中で大里くん(仮名)が横に来た。
だいぶ酔っ払っているようだ。
大里「ふぇいさーん、飲んでますかー!?」
ふぇい「お、おう。」
勢いに押された。
大「マジ俺やってやりますよ!どんな仕事でもヨユーでやりますから!」
ふ「あ、ああ、そうなの?うん、がんばってね。期待してる。」
大「マジ期待してていいですから!任せてください!」
と僕では受け取りきれない彼のやる気と一方通行の所信表明を虚ろな目をして聞いていたとき、いきなり肩を組まれた。
大「この古くさい体制の社風を俺たちで変えましょうよ!ふぇいさん!」
お前入ってきたばっかりでなに言ってやがる!と喉まで出かかったが我慢した。
ふ「そうだね、あ、ちょっとトイレ。」
と言って組まれた肩をそっとどかしてその場を離れた。
疲れる。若い奴はエネルギーがすごいななどと思いつつ、トイレから戻ると衝撃の光景が。
同じようなことを課長に熱く語っている!
ああ、なんかちょっと顔が引き攣っているよ。
肩組んでいるよ。
その後も全員に同じように絡んだ挙句、30分ほど時間を残し潰れていた。
トイレで吐いてた。
なかなか元気一杯の変なやつがきたなくらいにしかその時は思わなかった。自分にもこのような失態の心当たりが多分にある。
彼は後輩が送り届けていた。
そんなこんなで大里くん(仮名)の歓迎会は幕を閉じた。
土日が明け、月曜となり冒頭に戻る。
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ふぇい「退職?え、どういうことですか?」
状況がよくわからない、そういえば大里くん(仮名)今日来てないわ。
退職代行「はい、大里様からこれ以上出社することはできないということで、ご依頼をいただきお電話しております。これから退職に伴う手続きや必要書類などの確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
え、よろしくない。
僕じゃ判断できない。
なんでだよ、あんなに熱く語ってたじゃないか。
ふ「ちょ、ちょっと話を整理したいのですが、彼が辞めたいと言っているってことですか?本人とは話せないんですか?理由とかも聞きたいんですが…。」
退「左様でございます。ご本人様からのご依頼です。理由としまして弊社が伺っているのは、サービス残業をさせられた。入社前に提示されていた労働条件と違う。仕事を教えてもらえない。といったことが要因と伺っています。またご本人様の希望により直接の連絡は避けて欲しいと言われております。」
左様でございますじゃねぇよ。
まあ不満もあったんだろうけど、明らかに飲み会でやっちまって気まずくなったから会社に来れなくなったんだろうが!
ふ「あー、そうなんですねー。どーしよーかなー。うーん。」
と歯切れの悪い感じで話し、周りに助けを求めるためオフィスを見渡したが、厄介そうな対応をしているのは明らかなので誰も助けてくれない。
ふ「と、とりあえず担当部署から折り返させてください。」
退「かしこまりました。電話番号は○○-○○○○-○○○○、担当の○○でございます。また、未払いの残業代は必ずお支払いくださいますようお願いします。それでは失礼します。」
うーん、高圧的!
素敵、ドキドキしちゃう。
まあそこからは人事が対応したんだけど、その時はまだ退職代行なんて知らなかったから衝撃だった。
全然対決じゃないな。
ただただ大里くん(仮名)に翻弄されたお話でした。
ありがとう大里くん(仮名)。
とてもいい経験になったよ。
その後はやれ、僕の教え方が悪いだの、現場から定時までに帰って来れなかったお前が悪いだの、なんか僕のせいにされた。
僕のせいなのか…。
少し悩んだ。彼の言動一つ一つに注意してあげれば結果は変わったのかな?
でもそれやっちゃうと退職が早まっていた可能性もあるよな。
そういう人間ってどこか「何も言わないでください!分かってるんで!」みたいな雰囲気出てるよね。指導しにくいっていうか…。
でもあんなに陽キャに見えて豆腐メンタルなんだな。
僕も飲み会でやらかした後の月曜日は死ぬほど会社に行きたくなかったから気持ちはよくわかる。
部長の頭に三角に折ったおしぼり載せて大笑いした時なんか、
「笑ってたのお前だけだったよ、月曜日ちゃんと謝った方がいいよ!」
ってわざわざ日曜日に同期から連絡が来て、ああ、もう明日が来なければいいのに。とステージⅣのサザエさん症候群に罹ったのも懐かしい記憶。
歯を食いしばって月曜日会社に行き、部長に謝って、
「おう、いいんだよ!楽しかったな!」
って言ってもらえた時のほっと胸を撫で下ろすあの気持ち。
一つ大人の階段を登ったような、人として成長できた。
そんな気がする。
その後もここまでは許してくれるんだ!と、スラムダンク海南・牧の言うチャージングの境界線を引いた魚住のごとく、ファウルぎりぎりの飲み会を複数こなしてきて今がある。
本当に退職代行の人が言っていた内容で辞めたのかもしれないけど。
大里くん(仮名)にも、失敗から逃げず、立ち向かい、自分の糧にしてほしかったな。
もったいないな。あのセンター。
月日は流れ…。
この出来事を忘れかけたある日、会社に荷物が届いた。大里くん(仮名)からだ!
迷惑かけたからと菓子折りでも送ってきたのか?
まあいいや、大里くん(仮名)のお菓子を配って全て終わりにしよう。そうしよう。
ん、着払いだな。
課長から
「ふぇい立て替えといて。」
「あ、はい」
ここでも辞めたのは僕のせいといった雰囲気。
箱を開けると
中身はユニフォームとか支給されたスマホとか。
ふざけんな。
菓子折りじゃないんかい!
なんで着払いなんだよ!
なんでこれを俺が立て替えなきゃならないんだよ!
着払いの荷物の精算方法が分からず、その伝票は未だに引き出しの中で眠っている。
あ、退職代行を使おうかな。