ゲームをやっている。switch。ニンテンドーswitch。娘と会うときに持ち出す以外、何らかの発作で起動するくらいで、埃被ってリビングのオブジェになっている。さらに天変地異の前触れかっていう頻度で流行りのゲームを購入したりする。圧倒的ゲーム素人の私が、ゼルダの伝説ティアーズオブキングダム(だったっけ?)以来、久しぶりにゲームを買った。
ドラゴンクエスト3(ここからはネタバレを含む可能性が全くないのでそのまま読み進めてほしい。)
リメイク作品ではあるが、今年一番の話題作である。街を歩けばみんな1列に並んで歩き、転職サイトのことをダーマ神殿と呼ぶようになったくらい、今年は(私のまわりだけ?)ドラクエフィーバーである。
オリジナルが発売されたのが1988年。私はすでにこの地この国に生を授かり、マリオに無敵のコントローラーを預かってはいたが、まだ物心つかない幼子、未経験であった。初めてドラクエをプレイしたのは中古で買った5、天空の花嫁だったし、そもそもゲームが得意でない私は攻略本(上下巻)とにらめっこしながらダンジョンに挑み、近所の1学年後輩のともやすにボスを倒してもらったレベルのドラクエフリークだった。
以来、ニンテンドーDSでドラクエなんちゃらをやったことはあったが、3は未体験。圧倒的名作と呼び声高い3に手を出さなかったあたり、自分のゲーマーとしての器を痛感する。
かくして、今年一番の話題作ドラクエ3をプレイするに至ったわけである。
ドラクエ3といえば仲間と一緒に冒険できるところも当時画期的なシステムだった(らしい)。仲間には名前も付けられるし、見た目も変えられる、職業を選べるところもゲームシステムの大革命だった(らしい)。今となっては名前を付けたり、見た目をかえることも当たり前、装備が見た目に反映されない方がクレームくるような時代だ。
ゲームがある程度進んだら徐々に仲間が増えるものかと思っていたら、冒頭も冒頭、王様に魔王討伐をおつかいのテンションで頼まれた直後、かの有名なルイーダの酒場という場所で仲間をえらぶのだ。名前の他、職業を選んだり、ステータスの割り振りを行なって性格が決まったりする。
私は完全に童心に返って主人公を自分にしたので、せっかくなので周りにいる実在の人物の名前をつけようと思った。ちょうど職場に同世代のおじさんがいるので2人の名前を拝借した。自分も含めて3人のおっさんが1列に並んで歩くのはまあなんだからなと思い、あと1人は女性キャラにしようと思った。所属する部署に女性がほぼいないし、いてもこんなところで名前を拝借するなぞ会社的にも社会的にも時代的にも問題になりそうなので諦めた。私の身近な女性といえば娘くらいなものなので、名前を拝借した。
娘の職業は迷いに迷ったが、僧侶にした。ゲームの世界では珍しくもないが、現実世界では馴染みがない。娘の将来を意識させられたが、現実世界でいうところの医療関係だろうか、これならまあ教育上問題ないと思う。(娘には当然職業選択の自由がある)
冒険を進めるうちにレベルが上がるのだが主人公の私よりもぐんぐんレベルが上がり、複雑な気持ちになった。私の背中を見て欲しいものだと、途中転職させた。転職先は全体最適化の名の下盗賊になった。(娘には職業選択の自由がある)
レベル1からリスタートになった娘は戦闘の度にパパパパッパッパッパーと、景気良く成長していった。ただたまに戦闘後にモンスターからこっそりアイテムを盗むようになった。非行の始まりは万引きからである。
キャラクターの見た目を選べることですっかり忘れていたのだが、発売当時とは社会情勢が違い、多様性の時代ということで性別を選べる機能がヴィジュアルという表現になっていた。そんなことつゆしらずヴィジュアルB(オリジナルだと女性)を選んでいた。父と娘(と同僚のおじさん)で冒険をしていると勝手に思い込んでいたがストーリーのとある部分でどうにも違和感を感じて気付いた。
父親の背中を見せてると思ったけど、趣味をつまびらかにしてるだけだった。多様性の時代。