その日は疲れていた。
仕事が始まり、その週のうちに徐々に忙しくなってきて3連休だけを希望にして生きていたんだ。連休とは恐ろしいもので、奥深くに閉じ込めていた疲れが表層まで現れてくる。大体3連休より多く休むと普段の働いている日常では気付かない、いや、気付かないようにしている蓄積された疲れが「こんにちは」してくる。相当長い休みがなければ癒されることのない疲れなのだろう。だから連休明けは休む前より疲れている。
ましてや今年は42歳厄年。本厄である。
木曜日にはほぼ力尽き、肩やら腰やらが痛くなってきた。明日の金曜日を乗り切れる気がしなかった。
帰宅途中の車の中からぼんやりと通り過ぎる街並みを眺めているとある看板が見えた。
「もみほぐし 60分3980円」
よくあるマッサージ店の看板だ。これは帰る前にいっちょ寄って行ってみるか!と思ったころには通り過ぎていたので、次に同じようなマッサージ店があったら寄ってみようと思った。
そうしてほぼ家の近くにまで来て同じような看板を発見。しかしいわゆるよく見る大手のものではなく聞いたことがないような店名で、なんかおしゃれな感じだった。アロマエステもやっていると書いてあり、女性メインの店なのかと思ったのだが
「男性も可」
と大きな張り紙がしてあったので、ここでいいかと車を駐車場に停めた。
結構入るのに勇気が必要だったが、少しでも体が楽になってくれればいいという思いと、こんなおしゃれな店構えならきっときれいなお姉さんが出てきてあんなとこやこんなとこまでマッサージしてもらえるかも・・・。とか考えながら店のドアを開けた。
ドアを開けてみるとすぐにアロマかなんだかわかんないがとってもいいにおいがしてきた。店内は薄暗く、間接照明が効いたおしゃれな内装。なるほどこういう雰囲気でいい香りに包まれながらリラックスしてマッサージを受けたらさぞかし気持ちいいだろうな。しかもきれいなお姉さんに。
先客はいないようだ。
「お姉さんと二人きりだな」
とかもうそっちの事しか考えられなくなっていた。
その時奥から人が現れた、
「いらっしゃいませ」
現れたのはおっさんだった。
それはもうテンプレ通りの、髪薄い頭、脂ぎった顔に眼鏡。口角に泡がついている。政治家かな。よく見ると石破総理に似てるわ。
ちょっとこのおっさんに体をあれこれ触られるのには抵抗がある。
店内のおしゃれな雰囲気の中に佇む客と店員のおっさん二人きり。
私の期待は打ち砕かれ、帰りますとも言えない空気感にイヤな汗が出てきた。
おっさん「予約はされていますか?」
私「いや、していないです」
していないので帰ってもいいですかと喉まで出かけた。しかし、体が疲れているのも事実、もしかしたらこのおっさんはマッサージの達人かもしれない。きっとそうだ!と考えを改め、お願いすることにした。
お「かしこまりました。コースはどうしましょう?」
そんなこと言われたら入店前のいやらしい気持ちも含め、風俗の受付かと思うじゃない。ここから指名したきれいなお姉さんが出できてほしい。ホントに。
私「一番短いコースで」
イヤな客になってしまった。こんな言い方したらおっさんが気にしてしまうかもしれない。
お「じゃあ、60分3980円ですね」
なげーよ。
30分とかないのかよ。看板に偽りなしだな。
おっさんと二人きりで60分もこんなおしゃれな空間にいたくないよ。
私「・・・それでお願いします」
もうそう言わざるを得なかった。
お「じゃあこちらに来て、これに着替えてください」

それはこんな感じの女子力高い服だった。
何考えてるんだこのおっさんは。
私「いや、無理です」
イヤな客になってしまった。こんな言い方したらおっさんが気にしてしまうかもしれない。
お「・・・じゃあそのままでいいです」
なんかキレ気味である。いろいろなことが不安になってきた。もうおとなしくおうちで登別カルルスの入浴剤入れてゆっくりお風呂に入るだけでよかった。反省した。後悔はない。
お「こちらにうつ伏せでお願いします」
現場でほこりが付いたきったねー作業着でうつ伏せになった。確かに衛生的には着替えてほしいよな。ごめんおっさん。でもあれは無理だ。
そうしてマッサージが始まった。
おっさんが力を入れるたびに
お「・・・んっ、・・・っふ」
吐息が漏れる。セクシーではある。
力の入ったマッサージだったのだが、5分もするとただ背中をさするだけのムーブになっていた。ホントにさするだけ。まったく気持ちよくない。飲み屋で吐いている人にやるやつだよこれ。
時間が永遠に感じる、何分過ぎたのだろうか。おっさんはひたすら無言でさすっている。
お「仰向けでお願いします」
仰向けになってもただひたすら腕や足をさするだけ。
全然達人じゃないよ。この人。その時脳裏に鮮明に浮かんできた。勤めていた会社からリストラされ、子供の教育費のため仕方なくマッサージ店で働いているおっさんが。涙がこぼれそう。
お「最後に手をやりますね」
おもむろに恋人つなぎ。・・・トゥンク。
もうやめてくれって言葉にしかけたときマッサージが終わった。
まったく気持ちよくなかった。ふざけんな。
お「お会計3980円です」
私「・・・(無言で支払う)」
お「いまキャンペーン中で出たサイコロの目×100円分の次回使えるサービス券を差し上げます!」
なんでここだけそんな元気なんだよってくらいの声量。
私「・・・(無言でサイコロを振る)」
出目は1。
もう二度と来ることはないだろう。